大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和50年(オ)472号 判決 1979年2月22日

上告人

宮川松枝

右補助参加人

株式会社宮川

右代表者

宮川一雄

右両名訴訟代理人

加藤一芳

原山剛三

被上告人

豊田株式会社

右代表者

豊田太郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人兼上告補助参加人代理人加藤一芳、同原山剛三の上告理由について

債務者又はその代理人の有効な作成嘱託及び執行受諾の意思表示に基づいて作成された公正証書を債務名義とする強制競売手続において、公正証書表示の権利義務関係に実体上これを無効とする事由があるとしても、請求異議の訴その他法定の方法によつて右無効を理由としてその手続が許されないものとされることなく、競落許可決定が確定し、競落代金の支払いがされて競売手続が完結したときは、もはや右無効を理由に競落人による競売物件の所有権取得の効果をくつがえすことができないものと解するのが相当である。ところで、本件において、上告人及び上告補助参加人は、債権者訴外岐阜商工信用組合、債務者上告補助参加人、連帯保証人上告人の間で作成された金銭消費貸借公正証書に基づく第一審判決別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の強制競売手続において本件土地を競落した訴外組合及び訴外組合からさらにこれを譲り受けた被上告人の所有権取得を争うのであるが、その理由は、要するに、訴外組合の上告補助参加人に対する貸付がいわゆる拘束された即時両建預金を取引条件とするものであつて私法上無効であるというのである。右貸付が右のような取引条件を付したことによつて直ちに私法上無効となるものではない(上告補助参加人・訴外組合間の最高裁昭和四八年(オ)第一一一三号同五二年六月二〇日第二小法廷判決・民集三一巻四号四四九頁)ことはさておいても、原審が適法に確定した事実関係によれば、すでに訴外組合に対する本件土地の競落許可決定が確定し、競落代金の支払いがされて右強制競売手続が完結しているというのであるから、右のような実体上の無効をいうだけでは、訴外組合及び被上告人による本件土地の所有権取得の効果を左右することはできない。これと同旨の原審の判断は正当である。所論引用の大審院判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(団藤重光 藤崎萬里 本山亨 戸田弘 中村治朗)

上告代理人兼上告補助参加人代理人加藤一芳、同原山剛三の上告理由

第一点 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな大審院判例違反の違法がある。

すなわち、原判決は、まづ、(二枚目表七行目ないし二枚目裏八行目において)、第一審岐阜地方裁判所(同裁判所昭和四六年(ワ)第三九四号)の判決理由を引用して、上告人の請求を棄却すべきものとしている。原審判決が引用した岐阜地方裁判所の判決理由の要旨は、「債務名義に対し請求異議の訴あるいは執行法上認められる異議抗告等の方法が行使されず、行使されてもこれが容れられないまま該債務名義に基いて強制競売手続が進められ、競落許可決定が確定し代金の支払もなされ、強制競売手続がすべて完結した場合は、競落人は、その後債務名義の内容をなす実体上の請求権の不存在が判明しても、競落物件の所有権を適法かつ有効に取得しうること、右の理は債務名義一般について妥当するところであり、債務名義の種類によつてこれを異別に解するのは正当でない」旨判示したうえ、かかる見解を前提として「上告人の主張は、主張自体理由がない」というものである。

ところで、上告人が原審において主張した趣旨は、つぎのとおりであるが、これは後記大審院判例に合致した主張である。まづ、上告人主張の要旨は「名古屋法務局所属公証人森浦藤郎作成第六六九七八号金銭消費貸借契約公正証書に表示された消費貸借契約(債権者訴外岐阜商工信用組合、債務者本件補助参加人株式会社宮川、連帯保証人上告人宮川松枝)は、私的独占禁止法第二条第七項、第一九条、公正取引委員会告示第一一号の一〇(一般指定の一〇)に違反するほか、民法第九〇条にも違反し無効であること、右主たる消費貸借契約は無効であるから右上告人宮川松枝の連帯保証債務も当然存在しないこと、無効の権利を表示した右公正証書を債務名義として上告人宮川松枝所有の不動産に対してなされた強制競売によつては、強制競売手続が適法に完結したとしても、本件土地の所有権移転の実体上の効力を確定するものではなく、該土地所有権は上告人宮川松枝に存する。よつて上告人宮川松枝は所有権に基づき、被上告人に対し、土地所有権移転登記手続及び土地の明渡を求める、」というにある。

(原審における当事者双方の弁論及び原審判決には「債務名義(執行調書)の無効」とか「債務名義の存在しないまま強制執行がなされたと同様」という如き、一見、上告人主張の本旨と異るが如き用語が用いられている個所があるが、本件においては、執行調書に表示された消費貸借契約の無効、連帯保証債務の不成立を理由として所有権移転登記の効果が争われているものであり、執行調書の(形式的)無効が争われたものでないこと明らかである。)

右の如き上告人の主張は、大審院の判例に合致する。大審院は、執行調書の債務名義による強制競売について所有権移転の実体上の効力の有無は、競売により実行された権利が実体上有効か否かによつて定まると判示し(大審院明治四四年(オ)第三九二号、明治四五年三月一三日第二民事部判決、大審院民事判決録一八輯一八五頁)たが、大審院昭和一〇年(オ)第二九〇七号昭和一一年七月一七日第二民事部判決、大審院判決全集八号三七頁)は右判決を援用している。

明治四五年の大審院判決は、つぎのとおり説示している。即ち、「公証人ノ作リタル証書ノ債務名義ニ因レル強制競売ト雖モ競売法ニ依ル競売ト等シク権利実行ノ方法ニ外ナラサレハ其強制競売カ異議抗告等ノ方法ニ依リ攻撃セラルルコトナクシテ適法ニ完結ヲ告ゲタルトキハ唯権利実行ノ方法カ手続上有効ニ行ハレタルニ止マリ之カ為メニ所有権移転ノ実体上ノ効力ヲ確定スルモノニ非スシテ其実体上ノ効力ノ有無ハ競売ニ因リ実行サレタル権利ノ実体上有効ナリヤ否ヤニ依リテ定マルヘキモノナルヤ言ヲ俟タス故ニ本件ノ如ク実行サレタル権利ニシテ実体上無効ナルトキハ本来ノ所有者ハ競売手続完結後ニ於テモ尚ホ競落ニ因ル所有権移転ノ効力ヲ争ヒ以テ自己ノ権利ヲ主張スルコトヲ得ルモノトス是レ本院判例ノ存スル所以ニシテ之ヲ変更スヘキ理由アルヲ見ス」と説示している。故に、右判決と同一趣旨に出た原告の主張は正当であつて、これを主張自体理由がないとして排斥し、消費貸借契約の効力、有効な範囲等について判断することなくして、この種事件の先例である前記判例に違反した判断をなして上告人の請求を棄却した原判決には、判決に影響を及ぼすべき判例違反の違法があること、明らかである。<以下、省略>

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